「孤独ってわるいこと?」静けさが沁みる夜に。

やさしく生きる日々

誰かと一緒にいても、笑い合っていても、
ふと感じる「ひとりぼっち」でいるような感覚。

決して悪いことじゃないと思うんだ。
それは。自分の奥深くと静かに向き合っている証かもしれない。

今日は、「孤独」について。
そして、その先にある「つながり」について、
わたしの頭の中の記録です。

Q1:「人は孤独だ」と感じる瞬間は、どんなとき?

A:誰にも見せたことがない自分がいることに気づいたとき。

今思うと、わたしはずっと誰かに褒められるため、すごいと思わせたいという気持ちが強くて、その場で「在るべき姿」を小さい頃から子どもなりに理解して、ある意味演技をしながら生きてきたと思う。なんとなくその場の空気を読み取るのが上手で、どうすればみんなが笑ってくれるのか、どうすれば雰囲気があったかくなるのか、自然とわかっていた気がする。

だから、心の奥は冷静で、どこか冷えてるような感じもあったと思う。その中でわざと小さなミスをしてみたり、わざと少し空気を壊してあったかくなる方に持っていったり。今思うと、小さい頃から本当によくみてる子だったなと思う(小さいなりに、ね)。

だから、無意識のうちにずっと「その場で在るべき自分」というのを考えながら生きてきた気がする。しっかりしてないと。人の期待に応えないと。ニコニコ笑ってても、心の奥はずっと冷静だった。それか、笑顔でごまかしてたかもしれない。

でも、こうして自分の考えをまとめる習慣がついたとき、わたしは感情豊かで、本当は些細なものに大きく感情が揺らぐ。喜びも楽しさも、心のあたたかくなる瞬間ももちろんあるけど、悲しみも、不安も、弱さも同じくらい持ってる。だけど、こういうマイナスの感情はなかなか表には出さないんだよね。出さないというか、出せない。出す勇気がなくって。「大丈夫大丈夫!」って言うの。だって誰もわたしがマイナスな感情を発することを求めていない。誰にとってもいい影響を与えない。大切な人や信頼できる人ににその感情をぶつけたとしても、その人を悲しませてしまうだけだ。だから強くいないと。わたしはしっかりしてないと。

そうやってずっと生きてきたみたい。

そしたら気づいたら、わたしの弱さを受け止めてくれる人は誰もいないって気づいたんだ。これはわたしが自分で自分を追い込んでしまった結果であって、わたし自身が悪いんだけどね。きっとこの感情も出す勇気さえあれば、きっとわたしの周りにはそれを受け止めてくれる人はたくさんいるのにね。

Q2:「それでも人とつながっていたい」と思えるのはなぜだと思う?

A:人と繋がることのあたたかさを知っているから。分かち合えることの喜びを知っているから。人を大切に思う、その愛を知ってるから。その瞬間はやっぱり、「1人じゃないんだ」って思えるから。

表に出す自分と、自分の中だけにとどめておく自分は、わたし自身が選択できる。だから周りにいてくれるみんながわたしの全てを知ってるわけではなくて、わたしが選択して出している一部の表向きの自分だけども、自分の一部だけでも出すことができて、思いを共有ができるその瞬間は、やっぱり幸せだもん。

✴︎ おわりに


本当の自分って、どこにいるかな。そんなことをひとり考えた夜でした。まだうまく言葉にできない気持ちや感情が、わたしの中にはたくさんあるけれど、それでも誰かと「分かち合えた」と思える瞬間を、わたしは信じていたいなと思います。
この先も少しずつ、わたしの内側にある言葉を、あなたに届けていけたら嬉しいです。
次は、「誰かと分かち合えたと感じた瞬間」と「本当の自分はどこにいる?」について書きます。

静かな夜に、またここで会えますように。

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